| ●第23日目●12月30日(日) 曇り -→ カレンダーにもどる |
| 今日の夜はマリ−ナ宅に招待されているので、とりあえずローマに出る。国立博物館の美しい中庭は、写真を撮る事ができないのでスケッチをすることにする。テルミニ駅近くのヌォーヴァステラというレストランが、ようやく開いていた。客もカメリエーレもお年寄りばかりが、妙に落ち着く。本日のパスタを食べる。ぷらぷらと歩いてトライヤヌスのマーケット跡へ。ア−チ型の窓がつらなる壁面が美しく、そこからの見晴らしもいい。人気もまばら。時間が止まり、私たちだけが遺跡の中にぽつんと身を置いているようだ。曇り空だが、寒くもなく心地よい。ところが何処からともなく聞こえてくるアンデス系の演奏。まるで、気分は町田の繁華街。さらに、携帯の音が現実に引き戻す。静かなのでよけいに電子音は響きわたり、すっかり雰囲気をぶち壊しだ。 夕方、待ち合わせの時間より随分早くにレビッビアに着いてしまう。マリーナ家はそこからさらに車で10分ほど行った所。もう、どこだかわからない。両親、姉妹とその家族一同が集まった。平たいパスタで、ホウレン草とチーズをロ−ルケーキのように巻いてあるパスタや、クリーミーなマッシュポテト、手作りリキュールなどみんなおいしかった。 マリーナは、私と同い年で、空港で働いているイタリア人の知り合いの仕事仲間。日本でのホームステイ先を探しているとのことで、初対面なのにいきなり数日間家に泊めてあげたのだ。滞在中は、日本語を勉強しているはずなのに、日本語をまったく話さないし、日本料理にも興味を示さない。感動や喜んでいる様子も見られない...いったい何をしに来たんだろう、楽しくないのだろうかと心配していたが、こちらでも口数少なく、母親の手料理も少ししか食べず、もともとこういう人なんだと分かって、ちょっと安心した。 チャンピーノまでは、車で送ってもらった。行きは電車を使って1時間ほどかかったのに、15分もかからずに到着してしまった。ほんと不思議だ。 |
| ●第24日目●12月31日(月) 雨時々曇り -→ カレンダーにもどる |
| bonoは早朝から、男軍団でメルカートへ買い出し。ローマテルミニ駅で待ち合わせて、サン・ピエトロに行くが、セキュリティーが厳しく長蛇の列で、とうてい寺院内に入ることができない。広場に設置してある大きなプレセピオを見るだけにする。この数日の間にどこかで手袋を落としてしまったので、bonoに新しく買ってもらう。バチカン近くのメルカートでサラミやフンギを買う。 今夜はピエルパオロ、バルバラ、マッティーア、ヤン、ヤンニ、フレディ、ティネケ、ブルーノ、マリア、bonoと私の大所帯。サーモンのサラダ、ム−ル貝のスープ、ブルーチーズのリゾット、ソルベ、フィレステーキ、ドルチェ。 イタリアでは、年越の時に花火が上がる。屋上で、小さな花火をしながら、遠くに上がる花火を見る。そう言えば、1日中雨が降っていたのにもうやんでいた。今、1時半。みんな眠いけど、ピエルパオロのお兄さんジャンニが来るとかで、待っている。生まれて始めての海外での年越は、こんな感じで過ぎていった。 |
| ●第25日目●1月1日(火) 晴れ -→ カレンダーにもどる |
| 年を越しました。毎年見ている「ゆく年くる年」を見なかったので実感がありません。10時ころに起きてシモーナ宅へ。近くのダヴィンチ空港まで迎えに来てもらう。シモーナはピエルパオロの同僚で日本語が少しできる国鉄の女車掌さん。 今日からユ−ロ通貨。シモーナたちと記念硬貨を手に入れようと銀行に行くけど、遅かったようだ。そういえば、ヤンニはオランダの記念ユーロ紙幣をすでに昨年から持っていた。こんなところにもすでに各国の違いが出ている。シモーナのお姉さんは結構話好き。一方そのだんなさんは、物静かなやせた高田純次風。お父さんもお母さんはいつ会っても元気いっぱい。イメージを地でゆくイタリアンファミリー。 一同揃ってお昼ご飯。ボンゴレスパゲティ、エビと魚のフリット、肉の炒め煮?、ブロッコリー&ベーコンソテー。みんなおいしい。そしてたくさんのドルチェ! 食後は、シモーナと弟のマルコとで、車で小さな教会巡り。教会の中に「3つの泉」があるサンパオロ教会や、お城跡の横にある名も知らぬ小さなかわいい教会。高校生のマルコは、それらの歴史的なことを良く知っていてひとつひとつ説明してくれる。弟の意外な一面を知ったという感じで姉のシモーナまでが驚いていた。私たちとしては言葉がよくわからないのでそれ以前の問題。日が短いので、みるみる日が暮れてゆく。オスティア・アンティカを通った時にはすでに真っ暗。エウルの近代的なデザインの教会では、ちょうどミサをやっていた。その建物は、歴史を感じ趣きのある教会ばかりを見てきた私には、かなり違和感があった。シモーナに好きかどうか聞いてみたら、答えは「Non mi piace」 |
| ●第26日目●1月2日(水) 晴れ -→ カレンダーにもどる |
| ピエルパオロとマッシモに連れられて「奇跡のマドンナ」という名の教会に行く。その名の通り、マリアさまに祈ると不治の病も奇跡的に治るということで、たくさんの信者からの感謝の言葉や、戦争に息子を送りだした母親たちの署名などが飾られていた。何かにすがりたかったり、感謝をする気持ちは人種や対象は違っても世界共通だ。 旧アッピア街道は、一般に観光で訪れるカタコンべなどがある場所よりも、かなりローマ市内から離れたところなので、辺りには何もなくのどかで静かな散歩道といった趣き。お墓の合間に立つ、首の取れたローマ時代の彫像に、後ろから顔を乗せて写真を撮るのもご愛嬌。 マッシモ宅でお昼ご飯。サーモンのペンネ、コトレッタ、そして缶詰めのパイナップルにホイップクリームを山盛りかけた謎のデザート...。 夕方、シモーナとその友人と待ち合わせてチョンピの丘のステンドグラスの館へ。丘の公園を散歩した後は、ローマ市内を見渡せる、トラステヴェレ近くのジャニコロの丘へ。夜景が素晴らしい。いずれも車がないと行けない所なので、ラッキーだ。シモーナたちと分かれて、夜はテルミニ駅近くのトリマーニというワインバーで、二人だけで軽い夕食。 |
アッピア旧街道の両脇に並ぶ お墓の遺跡 |
| ●第27日目●1月3日(木) 晴れ -→ カレンダーにもどる |
| 今日は明日のフライトに備えて、ダヴィンチ空港に近いシモーナの家に移動するので、チャンピーノでお世話になった人たちに挨拶まわり。マッシモ宅には花束を買って行く。何も知らないガブリエレは私たちの訪問にまたまたはしゃいでいた。写真好きなピエルパオロたちには、フィルムやフレーム、マッティーアの紙おむつをお礼にした。市内に出てSUZUGANARUのマルチェッラにも会いに行き、またコロッセオの近くのトラットリアに行ってブカティーニを食べる。おそらく”本日のパスタ”らしきリガトーニをみんなが食べている。すごくおいしそう...。 チャンピーノにお別れ。みんなには今度はいつ会えるのだろう。ガブリエレに次に会う頃には、もう会話ができなくなっているだろうな。 ダヴィンチ空港に近いので、ローマを発つ時にはいつもシモーナの家にお世話になる。パワフルで明るいお母さん、やさしくて楽しいお父さん、そしてシモーナの兄弟、みんなそろって賑やかなシモーナ宅での夕食。イカとグリーンピースの煮物、にんじんのサラダ、モッツァレッラなどなど、いつもの通り食べ過ぎた。 明日はロンドン。最後のローマ。イタリア最後の夜。 |
| ●第28日目●1月4日(金) 曇り -→ カレンダーにもどる |
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早朝シモーナの家でカフェラテとチョコパンを食べて空港へ。ピサのティツィアーノやボローニャの辻本に電話でお別れの挨拶をする。土産物屋で、生ハムやチーズを買い込んでいよいよ搭乗。今度はいったいいつ来る事ができるのだろうかと寂しく思う半面、ロンドンに向かうと思うと正直ちょっと落ちつく。ただ無関心な人たちなのか、それとも外国人に慣れているのか、東京と変わらないロンドンの居心地が懐かしい...。イタリアは言葉も多少通じるようになって、知り合いもでき、少しは身近に感んじるようになった国なのにまったく我がままだ。 |
すごい重厚感のビックベン |
PM3:45で終わるなんて早いぞ、 ウエストミンスター。 |
| とりあえずビックベンを見にウエストミンスター駅に行く。地下鉄の階段を上がるといきなり眼前にビックベンがお出迎え。ウエストミンスター寺院には、閉館時間が近いということで入ることができなかった。まだ、3時半なのに...でも辺りはどんどん暗くなってゆく。やはり日没が早い!バッキンガム宮殿の門の隙間から、まったく動かない衛兵たちを遠目に見る。ヴィクトリア駅からコヴェントガーデンに移動する。恥ずかしいことにコヴェントガーデンとは地名だと思っていた私。そのコヴェントガーデン行ってみることに。想像より小さな建物で、ちょっと原宿の竹下通りを思い出した。町はセールが始まったばかりだからか、すごい賑わい。GAPで、無くしてしまったニットの帽子を探してみたがやはり売っていなかった。マークス&スペンサーで買ったアプリコットをかじりながら、ぷらぷらウインドーショッピング。でも、再びようやく落ち着いていた咳きがまた始まり、またまたプチ呼吸困難...。街角で売っていたフィッシュ&チップスのフィッシュだけ食べてみる。香ばしくてけっこうおいしい。そのままロンドンの中華街に迷い込み、今夜は再びエスニック。 電車の中でもなんだかほっとする。ジロジロ見られないからか...? |
| ●第29日目●1月5日(土) 曇り時雨 -→ カレンダーにもどる |
| おーなんと、最終日!! 朝一で取りあえずアビーロード。横断歩道にスタジオにと、bonoはビートルズ気分で記念撮影。御満悦の様子。 再度ウエストミンスター寺院に行く。入場に「6ポンドも取られたー」と思っていたが、隙間なく並ぶ王族や著名人のお墓や彫像の数々、壮麗な祭壇の礼拝堂に口あんぐり。国王の戴冠式が行われる格式ある寺院だけのことはあるな〜と感心。緑が美しい中庭もあったけど、すべて撮影禁止なのが残念。隣接するS・マーガレット教会に立ち寄ったあと、(ニュー)スコットランドヤードを横目に、名前が似ていてまぎらわしいウエストミンスター大聖堂に行く。教会内は色鮮やかなモザイク装飾。時代が新しいからかモチーフのデザインはかわいくない。エレベーターで鐘塔に登る。エレベーターの中におじさんがまるで住んでいるかのような佇まいで乗っていてびっくり。この人に直接料金を渡すのだ。このおじさんは一日何回往復するのだろう?エレベーターに充満する異臭には閉口。せっかくの眺めも残念ながらの曇り空で良く見えない。 ターナーを見にテートブリテンに。ターナーだけでもたいへんな収蔵量。ホックニーやベーコンなどの現代作品も多く、とてもとても全部見られない。 |
おそらく世界で1番有名な横断歩道。 世界中の人がこのような写真を 持っているんだろうな。 |
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ロンドンのチャイナタウン 横浜中華街の門より ちょっと貧弱 |
ソーホーで、入口がピンク色に塗られたかわいいタイ料理屋さんに入るが、店員は無愛想で、味のわりに高かった。 コヴェントガーデンの裏にあるロンドン交通博物館へ。歴代の二階建てバスやレトロな地下鉄車両などがあり、丸みのあるデザインや色使いがとてもかわいい。子供と一緒になって記念撮影をしたり、スタンプラリーをしてまわってけっこう楽しんでしまった。そういえばロンドンでは、ユニバーサル化の規制による、古い二階建てバスの廃止時期が近づいているようだったが、今回の旅行ではその古い型のバスにも乗る事が出来た。 カジュアルなショップが立ち並ぶネイルストリートで、わたしは安い(20ポンド)ボーリングバッグを買い、bonoはフレッドペリーや、セレクトショップでTシャツを購入。イタリアに渡る前に、ノッティングヒルのインテリアショップですてきなランプを見つけ、お店の人に「年明けに買いに来る」と約束してたのに、コンセントが日本のと合わないし、荷物も増えるし、これから行くのめんどくさいし...ということで、買うのを断念した。 今夜はクイーンズウェイで、歩き疲れて適当に入ってしまったステーキ屋。まずくて、高くて、旅行最後の夜なのに大ハズレ!お客も私たちのような観光客ばかり。ハーゲンダッツでアイスを買って、食べながらホテルにもどる。 今日はパラパラ雨も降ったけど、暖かかった。もう明日帰国。振り返れば、のどの調子は悪かったけど、天気にも恵まれ、特別変なトラブルもなかった。しかし、寒かったな〜。買ったばかりのニットの帽子、折畳み傘、手袋片方...どこに行っちゃったのやら。 |
| ●第30日目●1月6日(日) 曇り -→ カレンダーにもどる |
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さて、もう空港にいる。今朝は7時半頃に起きて8時45分にはホテルを出た。一度だけホテルから市内にちょっとだけ電話をしたが、3ポンドとは驚いた。1分1ポンドか? パディントン駅まで荷物を引いて歩いていると、タクシーの運ちゃんが「乗ってけ、乗ってけ」としつこく声をかけて来る。辺りは誰もいなくてちょっと恐い気もしたが、無視してズンズン歩く。パディントン駅で飛行機のチェックインを済ませ、HEPで空港に。9時45分に到着。フライトは12時10分。たっぷり時間あり過ぎだ。ヒースロー空港の出発ロビーにあるオイスターバー。生がきは苦手なくせにいつも気になる。でも、ビシッとスーツできめたビジネスマンがビールといっしょに食べているその隣にはとても座れない...。構内をくまなく歩いてお土産を探す。今回もなにかと役立つハーブ入りの塩をゲット。 安価で、清潔、最低限の設備が備わっている、という自分達の基準をクリアしているというホテルなので、 狭い、朝食がおいしくないなど、目をつぶらなくてはならない面はあります。 ま、それ以前に、私たちのFAXに速やかに返事をくれたということで、 信頼できそう?という理由で決めたホテル。(2001.12)
(2001.5)
皆様の旅の参考になれば幸いです。pucco |
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