●第8日目●12月15日(土)曇り -→ カレンダーにもどる             


暗闇に浮かび上がるハロッズ
 今日は再びロンドンに移動。大分早くノルド駅に着いてしまった。とにかく寒い!駅のカフェでクロックムッシューを食べる。ロビーで待っている間もとても寒い。
 ドーヴァー海峡を渡って(通過時間は20分くらい?)ロンドン到着。ホテルに着くと、またまた隣のホテルへ行ってくれと言われる。前回の部屋はまともにお湯が出なかったとクレームをつけると、なんだかすごい部屋を用意された。同じホテルとは思えない。部屋は格段に広くてカーテンもテレビもバスルームもゴージャス。ここまで差をつけていいのか...?ま、とにかく部屋も良く、朝食もおいしかったのでラッキーと、げんきんな私。
 お昼はクインズウェイで腹ごしらえをして、サウスケンジントンへ出向く。フラムロードやキングスロードをうろうろ。クリスマスに向けての買いだしなのか、もの凄い人ごみ。私もその華やかな雰囲気に飲まれてウインドーショッピングのつもりがついつい服を買ってしまったが、よくよく計算してみるとこんなカジュアルなトレーナーごときに驚きの金額。しかもイタリア製。パブに入ってギネスビールでひと休み。まだ4時くらいなのにみんな片手にビールでけっこうな盛り上がり。
 ふらふら歩いて行くと、建物の壁一面電飾で彩られたハロッズ。店内は大大混雑。ジュエリーのコーナーかと思っているといつの間にか食品売り場に突入。おいしそうなチーズや生ハム、テイクアウトのお惣菜などがずらりと並び、日本のデパート地下街のようだ。一角にはすしバーがあって、イギリス紳士や奥様方が食べている。「スシバーは、何処だ!」と聞いているおじさんもいて、すしは大人気の様子。
 夜はクインズウェイに戻ってインド料理。高級そうな感じなのに、お腹いっぱい食べて2人で21ポンドとは安い。ドロドロのヨーグルトジュースに驚いた。ホテルに戻ってせっせとお洗濯。どんなに疲れていてもこれはやらねばならない。ヒーターが効いている部屋だとうれしい。明日からは友人宅に泊めてもらうので、あまり洗濯ができなくなってしまう。
 ちょっとのどや耳の奥が痛い。ひどくなる前に治さなきゃ。
●第9日目●12月16日(日) 曇り -→ カレンダーにもどる             

 bonoはロンドンが気に入った様子だけど、今日からイタリア。まずミラノに移動。ゆっくり荷造りをして出発。パディントン駅でチェックイン済ませて空港に。3時間も前に着いてしまった。ひまである。
 ミラノ・マルペンサ空港は中心地からはけっこう遠く、交通手段に戸惑ったが、電車を乗り継いでようやく待ち合わせ場所のミラノ・中央駅へ。エリックは新聞を読みながら駅の構内に立っていて、その姿は私たちより全然年下なのにおじさんの様に見えた。エリックは日本に留学している時に知り合った、ミラノ大学の学生兼講師のエリート。ミラノ滞在は彼の住まいの世話になる。彼はアパートを他3人とシェアしているが、実は引っ越しをしている途中で、ちょうど空いた自分のベッドを二人で使えばいいとのこと。 
 エリックのいとこや友人、ルームメイトのアンドレアやエマヌエッレに歓迎されて、今夜はミニパーティ。みんな感じのいい人たちだ。
エリックが北イタリア的組み合わせのバター&サーモン、ゴルゴンゾーラチーズ&くるみのパスタを作ってくれた。途中遅れて残りのルームメイト、ピエルパオロが帰宅したが、ちらっと挨拶しただけで自室に入ってしまった。ちょっと無愛想な印象...。しかも私たちはそのピエルパオロと同室。部屋に戻ると彼はもう電気を消して就寝。緊張〜。ベッドは狭く寒い。なかなか眠れない。

                      繊細なゴシック装飾:ミラノのドゥオモ→

●第10日目●12月17日(月) 晴れ時々曇り -→ カレンダーにもどる             
 朝を迎え、明るくなって始めて見たミラノは雪景色。かなりの冷え込み。せっかくパリで買ったニットの帽子を、どうやら昨日の移動中に落としてしまったようだ ...たった1日しかかぶらなかったニット帽...ショック。エリックに教えてもらったとおり、トラムに乗ってドゥオモへ。狭くるしい通りをぐねぐね行くとドゥオモらしき建物が見えてきたが、地図が頭に入っておらず位置関係がわからないので、取りあえず降車。ドゥオモの真後ろ辺りで降りたようで、建物に沿ってファサードの方に歩いて行く。雲1つない晴天。見上げると、ドゥオモを飾る彫刻が、溶けだした雪の雫で光っている。繊細で軽やかな感じを想像していたけど、意外にどっしりと深みを持った印象のサファード。凍結していて危険との事で、残念ながら屋上に上がることはできなかった。ドゥオモ美術館と、スカラ座博物館はやっていたが、月曜日はほとんどの施設が閉館。当然スフォルツァ城の美術館も休み。ピエタが見られなくてbono残念。モスコーヴァ駅の近くにある雑貨屋さんに作品を見てもらいに行く。お昼はそのお店の近くのレストランで、サーモンのアンティパストとポルチーニのパスタを食べる。シェフは太めの体型で、いかにも「マンマ」といった風貌だけど、そう呼ぶのは気の毒なくらい若い女性だった。いっしょに顔を揃えて「おいしかったですか?」と年輩のカメリエーレが感想を聞いてきた。開店一ケ月目だと聞いてびっくりしたが、店内はかなりの繁盛ぶり。私たちの感想を十分代弁している。
 雑貨屋に作品の写真を渡すためにコピー機が必要となり、コピー屋を求めて街中をぐるぐる。人に聞くとすぐ近くにあるのに、自分で探すと見つからないコピー屋。不思議である...。途中モンテナポレオーネ通りや、スピーガ通りを通ったけれど私たちには縁のない所だ。歩き疲れてバールでひと休み。
 エリックと待ち合わせをして、ポルタジェノバのピッツァ屋へ。ミラノ最後の夜だが、店内は結構騒がしくて落ち着いて話しができない。
11時半ごろ戻ると、ピエルパオロが静まりかえった薄暗い部屋で、ひとりアイロン掛けをしていた。緊張の面持ちで入って行くと、「freddo?(寒いでしょう)」と話しかけてきた。「si〜」と答えると、再び緊張の静寂が。この不思議空間とも今夜でお別れ。
●第11日目●12月18日(火) 晴れのち曇り -→ カレンダーにもどる             
 ミラノからヴェネツィアへの移動日。中央駅でチケットを購入、AM9:05発のインターシティーでミラノを後にする。イタリアの中部しか旅行をした事がなかったので、実はミラノは始めてだった。イタリア1の商業都市、世界のファッションの中心地という雰囲気はなく、こじんまりとした1地方都市という印象を持った。向かうヴェネツィアももちろん始めて。電車は、トスカーナのやわらかい風景とは違い、山あいを抜けて行く。ブレシアやパドヴァ、メストレを通っていよいよアドリア海を渡る。私は、映画「旅情」のキャサリン・へップバーンが車窓から身を乗り出す冒頭シーンを思い出す。現実、汚れをかぶった車窓からは、ヴェネツィア湾の輝きも、所々に浮かぶ船も、そして徐々に近づくヴェネツィアもすべて曇って見えた。
いよいよ、地中海を征した
ヴェネツィアへ上陸!!
 たまたまやって来た、ヴェネツィアを時計の逆周りに走る水上バスに乗り込み、外海に出る。晴天に恵まれキラキラ光る水面、いつか写真やテレビで見た景色を見渡しながら、いよいよヴェネツィアに来たという実感を楽しんでいたが、あまりの寒さに船内にひっこむ。今朝からのどが痛い...。ぐる〜っと回って45分、ようやく海の玄関口・サンマルコ広場に到着。ある本に「ヴェネツィアには、鉄道より船で入る方を勧める」とあったが、それが少し分るような気がした。
 サンマルコ寺院の前を横切ってHOTEL ORIONへ。ここも、自分でとったホテル。部屋は小さいけど清潔で設備も整っている。白壁に焦茶色に塗られた天井の梁がかわいい。ホテルから適当に行った所にあったトラットリアでパスタを食べるが、店員のなめなめ対応にムっとする。観光都市だからこんなもんだと思うしかない。
 サンマルコ寺院内は、クリスマスコンサートのためにライティングの準備をしている途中でだったので、隅々までばっちり見ることができた。エキゾチックで、神秘的なモザイクのギラギラ感は半減。少々味気ない。ドゥカーレ宮もではセナート、コンシーリョなどなど、本に登場した言葉を思い出す。(内要はほとんど忘れた)
 今日半日歩いて、地図好きな私にとってもヴェネツィアには地図がいらない、と言うか、意味をなさないというのがよく分かった。確かにラビリンス。土産物屋が軒を列ねるリアルト橋を渡る。5時前には真っ暗、お店も閉店。今夜は魚づくしだ。フリットミストがけっこうおいしかった。
 のどがカサカサ。咳きが止まらない。

黄金の壁:ビザンチンの空気に浸る

この寒さではゴンドラに乗る人もない
 

冬という季節のせいか、もの寂しく沈み行く都市の雰囲気は漂う。それでも観光都市の顔しか見えず、ちょっと残念。

一面うっすらと積もった雪。凍結が始まる。静まり返るサンマルコ広場。広場を囲むカフェはすべてお休み。

●第12日目●12月19日(水) 晴れのち曇り -→ カレンダーにもどる             
 のどが痛く絶不調の朝。夜もあまり眠れなかった。それでもホテルから歩いてアカデミア美術館、S・M・デッラサルーテ教会、水上バスに乗ってサンロッコ教会と朝から駆けずり回る。サンロッコのティントレットの部屋では、豪奢な装飾や絵画で飾られている天井を、各人鏡を手にして映し見る方法が面白かったりしたのだが、なにしろ冷たくて寒い!!
 途中、ピサの友人テッツァーノに電話をすると21日からシチリアに行くとのこと。きっと暖かいに違いない...。リアルト橋近くのtre何とか...というトラットリアでお昼ごはん。主人もおじさん、客も地元のおじさんばかりの狭くてむさ苦しい感じの店だったが、観光客扱いされないのがbonoは気に入ったみたいだ。食後の散歩のつもりが完全に迷宮に迷い込む。グレーの壁に四方囲まれ、通りを抜けたかと思うとすぐに行き止まり。バールなどの店もなく、お昼寝をしているのか、元から住んでいないのかまったく人がいない。
 心細さが募るなか、なんとかサンマルコ広場に戻り、コッレーレ美術館へ。あまりの広さにもうクタクタ。現在美術館のカフェで、休憩中。暖を取りに一度ホテルに戻る。
 夕飯にはまだ時間があるので、近くのサン・ザッカリア教会に行く。そこでもたまたま撮影が行われていて堂内は明るく、絵画や装飾を良く見ることができた。その聖堂の奥にまるで洞くつのような礼拝堂。薄暗く静まり返る堂内に、突如、バシャッと何かが水に落ちる音が響いた。それは、ひざの上までどぶ水にはまった bono。「そんな変な所に行くからだ」と、私に追い討ちを駆けられ傷心のbono。カメラじゃなくってよかったと、実は内心ほっとする私。ホテルに戻って洗濯。

 
ヴェネツィア最後の夜はなかなか良いレストランにめぐり合った。カメリエーレやオーナーの感じも良く、ズッパもイカスミのパスタ、うなぎもおいしかった。AL GIARDINETTOと店の名にある通り、春や夏には中庭で食べることができるらしい。
 サンマルコ寺院内でコンサートをやっていた。耳を澄ますとちょっとだけ聞こえた。
●第13日目●12月20日(木) 曇り -→ カレンダーにもどる             
 昨夜の3時すぎ、咳き込みが始まり、それを堪えようとしたら突然呼吸困難に陥った。のどに蓋がされたような感覚、無理に呼吸をしようとするので、まるで首を絞められたニワトリのような音がする。吸っても吸っても息ができない。それには寝ていたbonoも仰天。涙を拭こうと洗面所のタオルをむしり取ると、はずみで瀬戸物のタオル掛けが床に落ちて真っ二つ!タオルを顔に押し当て、ニワトリの悲鳴?を発する私の横で、bonoは何もする事ができない。まさに「ベニスに死す」である!「このまま死んだら、ホテルには迷惑かけるな...、bonoはどうなるんだろう...」などとパニックに陥りながらも思いが浮かぶ。そのうち呼吸は整ってきた...。
 小さな呼吸困難は時々起きていた。薬を飲むように言われても飲まないまま悪化させ、所かまわずゲホゲホと咳きをする私に怒っていたbono。特にレストランでは周りにも迷惑なので、堪えようとすると、ヒイッと一瞬呼吸ができなくなったのだ。
 ようやく落ち着きを取り戻し、「咳きをすると怒るからストレスになったんだーっ」と八つ当たりをして再びベットに潜るも、結局朝まで一睡もすることができなかった。朝になり、タオル掛けの弁償にはbonoが行ってくれた。「嫁が発作を起こして壊した」と、1500円くらい払ったのだろうか。チェックアウトの時には「もう大丈夫なのか」とホテルの人に聞かれてしまった。恥ずかしい...
 帰りは、ヴェネツィアの内側の運河を通る水上バスに乗って、サンタルチア駅に戻った。こちらの方が速いのかと思っていたのに、外海周りと同じくらい時間がかかった。歩いた方が速かったのか?...この町の優雅なリズムは私には向かないようだ。
 ボローニャのサッカー場までバスに乗り、辻本の迎えを待つ。辻本は大学時代の同級生。留学中に知り合ったイタリア人と結婚して、ボローニャに住んでいるのだ。徐々日が暮れる。室内を丸洗いする公衆トイレに驚いたりしていると、彼女は2歳の息子ピエロを連れて車で現れた。何年ぶりだろうか?基本的には変わっていないが、すっかりイタリアーナ。さらに何十分か走って自宅に到着。もう自分がイタリアのどこに居るのかまったく分らない。初対面のピエロともすぐにうちとけた。さすがハーフむちゃくちゃかわいく、イタリア語と関西弁のチャンポンで話し、元気でよく笑う。大丈夫か?と思うくらい高いテンション。夜は、さばのフリット。ちょっとなつかしい日本の味がした。のどスプレーをして、十分に加湿をして寝たら、一度も咳き込みはなかった。睡眠不足と、久々の日本語にほっとしたのだろうか、朝までぐっすり。

●第14日目●12月21日(金) 晴れ -→ カレンダーにもどる             
 今朝はゆっくり目に起きて、辻本とピエロとボローニャの中心街へ。辻本の知り合いのショップを紹介してもらう。bonoたちがショップの人たちと話をしている間、ピエロはお店の中でマネキンをひっくり返して大暴れ。辻本のダンナさんのファビオのオフィスに立ち寄ってから、別行動。薬局で、やっと風邪薬を買う。ボローニャの図書館は遺跡の上に建っている。床がガラス張りになっており、その遺跡を見ることができる。国立絵画館では、受付嬢に学生に間違われて学生証の提示を求められる。年令を聞いて驚いていたようだ。老け顔の私でもヨーロッパに来ると若く見られ、小柄なbonoはもっと若造扱いだ。そんな二人がお昼に入ったレストランは、ちょっとお高い所だったのか、客は身なりの整ったおじさまばかり。我々の扱いはひどく、bono憤慨。おいしかったケド。ボローニャの町は大きくないのにちょっと分かり難いという印象。サン・ステファーノ教会は素敵だった。
 今夜は辻本の誕生日。留学時や生活の話を聞きながら夕食の仕度をする。ただ漠然と海外生活に憧れていた私だが、現実となると到底私の手に終える話じゃない。たった2週間しか経っていないのにもう呼吸困難なんかになっていて、この様。辻本にはホントに感心してしまう。
 新鮮なものが手に入った時に作るという、エビとシャコが入ったパスタがとてもおいしかった。途中、ファビオとbonoがケーキを買って来た。辻本はピエロを寝かせてしまおうと試みるが失敗。結局いっしょにケーキを食べる。2枚の大きな円形のメレンゲにチョコレートムースが挟まっているという不思議なケーキ。
 夜は一度咳き込んで、また呼吸困難になるかと思ったが大丈夫だった。買った薬が効いたのか?

ボローニャの2本の斜塔
●第15日目●12月22日(土) 曇り -→ カレンダーにもどる             

 憧れのラヴェンナにやって来た!何はともあれ今夜の宿探し。インフォメーションに行って、希望を言う。安いホテルはあるみたいだが、1泊くらいなら多少リッチにしてもいいかな〜と思って、始めの予算より少し高いホテルに決める。滞在時間が少ないので、荷物を部屋に置くとすぐに町に出た。お昼はちょっとフレンチを意識しているのか?お上品イタリアン。そして早速教会巡りのカードを持って、サン・ヴィタ−レ教会、サン・アポリナーレ教会など、次々とモザイクを見てまわる。感動。町自体はホントこじんまりしていて、ちょっと寂しい感じ。ところが日が暮れるにつれて、今までどこにいたのかどんどん人が増えてゆき、細い商店街の通りは大混雑。唐突にギャルソンの商品が並ぶセレクトショップもあったりして、なんだか不思議な町だ。(売れるのだろうか...。)夜は、さんざん歩きまわって、町はずれのトッラットリアに入った。お店のお姉さんに「多いけど大丈夫?」と念を押されたのに、予想を上回る量に驚きのミックスグリル。どうしても食べきることができず、不覚にも「ごめんなさい」してしまった。「ほら、言ったでしょう。」と、お姉さん。ちょっと塩辛かったんだよな...。
 少々高いだけあってよいホテルだ。洗濯して寝るべし。